【韓国】超薄型コンドーム『オカモト』の秘密・・・慰安婦の血の涙で成長した会社

1:2016/01/05(火) 11:04:51.80 ID:
太平洋戦争当時、慰安婦に支給されたサック(当時のコンドーム)を生産した日本最大のコンドーム
会社=オカモトに対する不売運動が起きる兆しだ。

台湾とマレーシア、中国はもちろん、韓国でも人気が高いオカモトが不売運動の対象になった理由
には、この会社の沿革に関係ある。

成均館(ソンギュングァン)大学・東アジア歴史問題研究所の責任研究員=カン・ジョンスク教授の
『日本軍の慰安婦制度と企業の役割』という論文によれば、オカモトは1936年に資本金10万円から
出発した国際ゴム工業株式会社を母体とする。この会社は戦争と国家の統制下で受恵を受けて、
9年後の1945年2月には資本を120万円に増資する。

(写真)

▲ オカモトが太平洋戦争当時に慰安婦に供給したサック(右)

日本のコンドーム会社であるオカモト株式会社日帝強占期時代、軍需用品としてサック
(コンドーム)を生産した。これらが生産したサックは太平洋戦争当時、強制連行された慰安婦
支給された。

1941年、太平洋戦争の開戦を控えて日本軍が軍需物資を調達する需品窓口を発足すると、
姻戚関係を活用して軍部と結託した。

軍部と結託して独占でコンドームを供給したオカモトは天文学的な資金を稼ぎ、この当時に用意
した資金はその後持続的なR&D投資に繋がって、今日の技術力を備える基盤となった。

また当時、慰安婦として連行された女性の中には韓国人や中国人など東アジア女性だけでなく、
ベトナムなどの東南アジアやオランダなどの白人女性もいた。これらから抽出した様々なデータ
も彼らの技術発展に多大な影響を及ぼした。

1945年の日本の敗戦後、国際ゴム工業は岡本ゴム工業株式会社に社名を変更した。その後
50年代、朝鮮戦争と60年代のベトナム戦争を通じて安定した成長を継続した。1968年に
日本理研ゴムなどの会社と合併して岡本理研ゴム株式会社に名前を変更、1985年に現在の
オカモト株式会社になる。

(写真)


アジア女性を強制動員して性奴隷にした日本、非人道的目的に使用される事が分かっていて
軍需用コンドームを積極生産、利益を増殖したオカモト株式会社

慰安婦を動員した日本政府だけではなく、軍需用品生産企業も何の責任も負っていない。

オンライン上ではオカモトと慰安婦の関係を指摘するコメント等を容易に見る事ができる。特に
あるネチズンが投稿した『オカモトと慰安婦』というコメントが共有されている。一部のネチズン
はDaumアゴラなどの空間を通じて、オカモト不買運動を計画中である事が分かった。

一方、オカモトの製品は韓国でも人気が高い。超薄型コンドームである『スキンレス』、『0.03』
などを販売して、韓国のコンドーム販売量の1・2位を争っている。作年3半期の韓国内市場
シェアは約28.5%で、業界2位である。

(動画)

▲ 日本のコンドーム会社であるオカモト株式会社は、日帝の強占期時代に軍需用品として
サック(コンドーム)を生産した。成均館大学・東アジア歴史問題研究所の責任研究員=カン・
ジョンスク教授の『日本軍の慰安婦制度と企業の役割』の論文を基に作った短い映像。

ソース:NAVER/ヘラルド経済(韓国語)
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